2008年11月13日

笑点初代司会者、家元立川談志「笑点ってのは、アタシが作った傑作なんだ」

ビストロSMAP(11月10日放送)に立川談志が、爆笑問題の大田光、田中裕二と一緒にゲスト出演していた。
談志をテレビで見るのはずいぶん久しぶりだが、話す声を聴いて驚いた。
かすれて聞き取るのが難しいくらい。
本人ももどかしげに話している。

「人の悪口ばかり言ってたもんだから、こうなっちゃったよ。」

毒舌あいかわらず(笑)

でも、SMAPのメンバーやお気に入りの爆笑問題に囲まれて、
この日はご機嫌なのかな?
ちょっと人間丸くなったかも(笑)

そう言えば立川談志ももう71歳、
談志が企画発案し初代司会者を務めた「笑点」は40年を超える長寿番組になっている。

談志司会の時代からのメンバーはもう今の司会者桂歌丸だけ。

家元もいつまでも若くはない、ということか。

しかし、前に記者会見か何かで、オレは癌になった、なんて言っていたが、
まだまだ体調を戻して高座に姿を見せて欲しい物だ。

好き嫌いはあるだろうが、今の落語界で別格の実力の持ち主なのは間違いないのだから。

 


◆落語立川流家元、立川談志

1936年 
東京小石川生まれ
子供の頃から 落語に夢中
高校1年で 柳家小さん に入門

1963年 
真打昇進 立川談志を襲名

1966年 
「笑点」を企画発案 初代司会者に。1966年5月放送開始から1969年11月まで司会者を務めた。

「笑点ってのは、アタシが作った傑作なんだ」
「笑点のあの座布団ってのは、時代劇の牢屋のイメージなんだ。あの、牢名主ってのがいるだろ。座布団高くしてさ。あれから思いついたんだよ。 」

談志が圓楽に「寄席でやっている大喜利をテレビでやろうじゃないか」と持ちかけたのが笑点開始の端緒だったという。
その話がまず金曜深夜に放送された「金曜夜席」という番組として実現。

当初は談志が演芸コーナーの司会で圓楽が大喜利コーナーの司会という形でスタートしたのだが・・・

「圓楽を売り出してやろうと思ってやらせたんだがこれが下手くそで話にならねぇんだ。」と言うわけで(?笑) 大喜利コーナーの司会も談志に。


「金曜夜席」で笑点の基礎が固まり、そのまま日曜夕方の番組としてスタートした。


1971年
第9回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で初当選。直後に自民党に入党。


1975年
三木内閣の沖縄開発庁政務次官に就任したが、わずか36日で辞任。自民党を離党し、任期を1年残し参議院議員を辞職する。


1983年
落語協会真打昇進試験制度運用を巡って落語協会会長で、師匠の柳家小さんと対立したことから、落語協会脱会し落語立川流創設し、 その家元となる。


 

posted by 歌丸 at 18:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 笑点司会者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年11月03日

三遊亭 小遊三

三遊亭 小遊三(さんゆうてい こゆうざ、1947年(昭和22年)3月2日 -)は、落語芸術協会所属の落語家。本名は天野幸夫(あまの ゆきお)。山梨県大月市出身(神奈川県横浜市生まれ)、都留高校-明治大学経営学部卒。練馬区在住。出囃子は『ボタンとリボン』(或いは『春はうれしや』)。古典落語専門で、長屋ものを得意としている。

『笑点』でのイメージが強いが、漫才ブームの際に売り出した数少ない落語家の一人。『らくご in 六本木』や『オレたちひょうきん族』など幾つかのテレビ番組に出演しては存在感を示していた。『笑点』はその実績が買われて起用されたものである。
三遊亭小遊三 - Wikipedia



『笑点』の中では下品、貧乏、プレイボーイねたなんかを売り(?)にしている小遊三さんですが、(Wikipediaには「悪人顔」なんて書かれていました(笑))

親しみがあってちょっと愛嬌のある笑顔はなかなか好感度高いですよね。

そういえばちょっと前、「いつみても波瀾万丈」に出演していましたね。
いつみても波瀾万丈に三遊亭小遊三登場 


『笑点』とは別に、本職の落語の実力はなかなかなものです。

先日録画してあった「道具屋」のDVD観たんですけど、いいですねぇ。

登場するキャラクターを心憎いばかりに描きわけ、笑わせてくれます。

『笑点』もいいけれど、じっくり寄席で聴きたい噺家さん、ですね。

posted by 歌丸 at 20:21 | Comment(0) | 笑点レギュラーメンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2008年10月25日

笑点5代目司会者 桂 歌丸

笑点、放映開始から40年。

もうその時、出演していたのは現在司会の歌丸さんただ一人になってしまった。

40年だものね。
放映開始の時真打ちだったのは談志と円楽だけだったそうだから、
歌丸さんはまだ二つ目だったんだね。

その人がもう70歳を越し、落語芸術協会の会長をやっている。
すごい年月。

(その間、ずっと安定した視聴率を維持してきているのだから、またすごい番組だ。)


5代目司会者として、登場以来、笑点の原点に帰ったような辛口でメリハリのきいた司会ぶり。

歌さん、健在、だね。



桂 歌丸(かつら うたまる、1936年8月14日 - )は、落語家。位階勲等は旭日小綬章。本名は椎名 巌(しいな いわお)。神奈川県横浜市南区真金町の出身・在住(最寄駅は横浜市営地下鉄ブルーラインの阪東橋駅)。社団法人落語芸術協会現会長。横浜橋通商店街名誉顧問。出囃子は『大漁節』。当初は新作落語中心だったが、現在は、廃れてしまった落語の演目の発掘や、三遊亭圓朝作品など古典落語に重点を置き、活動をしている。

演芸番組『笑点』(日本テレビ)の放送開始から大喜利のメンバーとして活躍、現在では同番組の5代目司会者を務める。

桂歌丸 - Wikipedia より引用



落語家としての歌丸さんにもまだまだがんばってもらわなければ。

圓朝作品などの大作を高いレベルで演じきれる数少ない名人の一人なのだから。


落語ブームと言われている昨今だが、それだけに若手が本物の実力を身につけてくるまでまだ老いて貰うわけにはいかない。


¥12600
¥3148
¥2940

- PutiRaku -


posted by 歌丸 at 03:08 | Comment(0) | 笑点司会者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。